実家のお墓参り(掃苔)。「寿陵」について考えてみました。

トップ > 知る~お墓・葬儀の知識~ > こんなお墓がいいね ~掃苔日和~ 第四回 番外篇 「寿陵」について(実家のお墓参り)

こんなお墓がいいね!~掃苔日和~

第四回 番外篇 「寿陵」について(実家のお墓参り)

二年ぶりに、実家のお墓参りです。
お墓は生まれ故郷、北陸の福井市内の霊園にあります。わが家の宗派は、真宗大谷派(東本願寺)。この地方(福井?北陸?)の慣習で、両親のお骨は菩提寺と京都の大谷祖廟(どちらも合祀)とお墓の3カ所に分骨しました。もう実家はなく、たまにしか帰ることもなくなり、お墓参りは1~2年に1度くらいになっています。

※「大谷祖廟」・・真宗大谷派(東本願寺)の宗祖親鸞の墓所(浄土真宗本願寺派は「大谷本
  廟」、いずれも京都東山にあり、全国の門徒のお骨の埋葬を受け付けています)。

 

母が亡くなって18年、父が亡くなって16年が経ちます。お墓は、両親が健在だった20年ほど前に父が建てました。生前墓「寿陵」です。場所は当時の家から車で15分の民間霊園。建立者の父の名前が墓石に「寿陵」の証である赤い文字で刻まれていたことを憶えています。今は黒い文字になっています。

 

福井に住む姉、妹と福井駅で合流。お花とお線香を携えてお墓に向かいます。
建立当時まだ更地が多かった霊園も今はほぼ墓石が建ち並び、園内の様子が違って見えて、わが家のお墓を見つけるのに少し迷います。お盆に姉妹がお墓参りをしてくれていたので、お墓は荒れた感じもなく、少し安心。それでも玉砂利の間から顔を出した雑草を抜き、墓石を清めてから手を合わせました。

 

霊園は山の中腹にあり、実家があったあたりが見渡せます。父がこの場所を選んだ時の気持ちを想い、ちょっと複雑な気持ちになります。お墓からは家族の住んでいた町が見えますが、今はもう家は無く、家族は誰も住んでいないのです。でも、父が建てたお墓はちゃんと残っています。この先、どうなるか?どうするか?は微妙ですが(いずれ改葬を考えるかもしれません)、まだ当分はお墓の中の両親は自分たちが長く暮らした町を眺めることができます。生前に自分で墓地を選びお墓を建てたこと、きっと満足していると思いたいです。長男でなく、代々のお墓を継承しない父にとって、眠る場所を自分で選んだことは幸せに思えます。そんな気持ちを抱えて、この春開業の北陸新幹線に乗って(金沢で乗り継ぎ)東京へと帰りました。

 

車窓に、小さな墓地がいくつも通り過ぎていきます。田畑の傍らや、小さな森の中の墓地。
親族、親戚、縁者たちが寄り添うように眠っているのでしょう。畑仕事の合間や、休日の散歩の時に手を合わす・・そんなのどかなお墓参りの情景が目に浮かぶようです。

気分はちょっとセンチメンタルジャーニーです。

 

ライター:OHSAMA

image1

更地がずいぶん減りました

 

image2

わが家のお墓に手を合わせます

 

image3

住んでいた町が見渡せます